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長男に必死で勉強させていた

「千葉大附属に合格するのはなかなか難しいよ」という近所の人の発言や、同居していた私の父親(故人)が反対すると思いきや、大賛成で長男に必死で勉強させていたことも思い出されます。抽選で通ったときのこと。本番の受験番号をもらったら、それが二十二番で私と長男の誕生日の二十二日に符合して喜んだ記憶も蘇ってきました。受験本番の面接で「住所は?」と聞かれて、いきなり電話番号を答え、途中であっと気がついて言い直した長男の様子も懐かしく目に浮かびました。入学式の時、先生に連れられて普通に神妙に並んででてきた長男を見て「良かった」と安心したこと。忙しくて先に帰ったため、私は運良く体験しなくてすんだのですが、その後のホームルームで先生の話にやたら手を挙げて質問をし、ついに先生が、「また宇野か!」と叱ったらしいのですが、その後もしゃべり続けて母親は生きた心地がしなかったとのこと。いろんなことが次々と心にわき上がってきます。そうこうしているうちに小学校六年男子の組体操がはじまりました。太鼓の音からはじまるスターティングは昔と全く同じで、角刈り頭の長男が素足で直立した姿勢で横たわる最初のシーンが思い出されました。太鼓の音で一列ずつが起きあがっていきます。次男、三男は普通の公立でしたから再び千葉大附属小の運動会を見られるとは思っていなかったのに、期せずして長女が入学することで再び六年間この千葉大附属小の運動会を見ることになりました。でも、長女が入学してからも、私はほとんどの運動会を最初から最後まで見ることができませんでした。長男の時より、さらに忙しくなっていたことがありますが、お昼を食べると、長女に気づかれないようにこっそりと抜け出したものです。昨年初めて最後までおり、その後一緒に旅行に出かけましたが、私たちにとっては、小学校のお昼を一緒に食べる、家族をあげてのお祭りのような運動会は、これが本当に最後なのだという思いがわき起こり、いささか淋しい気持ちになりました。