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市場に豊胸材を残す

1991年4月、ゲスラーは安全性と有効性データの最終的な提出命令を出した。90日後に4社の提出したデータは不十分で、FDAは再提出を要求した。同年11月、FDA諮問委員会は、アメリカ形成外科及び再建外科医学会、アメリカ医学会、アメリカ癌学会のような主要学会が市場に豊胸材を残すのに賛成したのを受けて、メーカーの怠慢を非難しつつも豊胸材を市場に残すことを許可すべきだと勧告した。1991年にゲスラーがFDAを引き継いだ時、安全性と有効性データの提出を求めた1988年のFDAの命令に、どのメーカーも未提出のままだった。1991年4月10日、ゲスラーはメーカーに、これ以上遅れることは許されないと通告した。各メーカーは90日間で市場に出荷する前の申請書を準備することになった。多孔性ポリウレタンをコーティングした豊胸材のメーカー、ブリストルマイヤーズ・スクィブ・サージテック社は、すぐに豊胸材市場から自社製豊胸材を回収した。表向きには、発泡体が低分子化して、動物体内で害があると知られるトルエンジアミンになった、という理由だ。期限が来てみると、大手メーカーのうちのわずか4社、メンター、マックガン・メディカル、ダウ・コーニング、バイオプラスティだけが大いにがんばって市場出荷前の申請書を完成したが、しかし、それらの申請書は明らかに不適切なものだった。FDAはもっと多くの、もっと信頼できるデータを要求した。1991年11月、FDAは再度諮問委員会を招集した。議長はエモリー大学医学部で婦人科と産科の教授のエリザベス・コネル(ElizabethConnell)だったが、この時もノーマン・アンダーソンは参加メンバーだった。その公開ヒヤリングは白熱化した証言でかなり世間の注目を集めた。アメリカ形成外科及び再建外科医学会は当然としても、アメリカ医学会AMA(AmericanMedicalAssociation)、アメリカ癌学会(AmericanCancerSociety)のような、主流派の学会までもが、市場に豊胸材を残すのに賛成した。
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